epilogue

















もしも堂本くんが最後に言った言葉が

「生きろ」

だったとしたら



こんなことにはならなかったのかな。






























もう、痛いとも熱いとも感じなくなってしまった。
目はまだ見えるけど、
耳はひどい耳鳴りのせいで使い物にならない。

ひゅーひゅーと喉から音はするから、一応まだ呼吸しているのだろう。





多分、一発。

一発撃たれただけでこれだけの重傷。
本当に、彼は撃つのが上手い。





すぐそばに倒れている夫を見た。

結局私は、プログラムが終わっても生きて、妻となり、母となり。

それでも上司に無理やりすすめられたお見合い結婚だったのに。
夫は最後まで私を護ってくれた。


申し訳ないな。

ちゃんとした妻であった記憶も、母であった記憶もない。
「愛した」という実感もなかったのに。
そもそもちゃんと「生きた」実感すらないのに。

それなのに、護ってくれて。
私のせいなのに、巻き込んでしまった。

……こんな私でも、愛してくれたのかな。


結局私は、プログラムの後も幸せに過ごしてきたのかな。





明日死んでも、昨日死んでもよかった。

それなのに、と思わず口元が緩む。

今日、だなんて。すごいタイミング。




今日はがんばったのにな。
久しぶりに家族三人がそろって、
今日の晩御飯はハンバーグだったのに。
もうできたのに。香ばしいにおいが広がっていたのに。

これじゃ台無しじゃない。

ごめんね、こんなお母さんでごめんね。
ごめん、理香子。

















カタン、と二階から物音がした。











降りてこないで。
ただ、それだけを祈る。
こんなに音を立てちゃ、娘も絶対に気付くはずだけど。
それでも、見ほしくない。来てほしくない。


お願い、来ないで。











ぱしゃん、と夫の血だまりを踏む音がした。


















まだ首は動く。
頭を持ち上げて、彼を見た。
夫に打たれた右肩から、大量に血を流す彼を、
夫を殺し、私を殺そうとしている彼を。

まだ若い、精悍な顔つきをした彼は、

ゆっくりと私に銃口を向けて。

その銃口はかすかに震えていて。



ひどい人だな。

わざわざこの時をねらってきたんでしょう?
私だけを殺せばよかったのに。
夫も、娘もいる時をねらったんでしょう?



ひどい人だ。

彼は私と同じ。
死にたいのに死ねなくて、ここまで生きてしまった人。

私が死んだあと、彼がどうなるかなんとなくわかった。

だからお願い、そう祈るしかない。
理香子、降りてこないで。

















私はあのとき、堂本くんに銃口を向けた。
でも、撃たなかった。


それを私は、
殺すつもりはなかったとか、
ただ殺し合いをしたかったとか、
失ったものを取り戻しただとか、
殺されればいいんだとか、

いろいろ言い訳していたけど、
本当は単純なことだったんだ。



好きだったから。大好きだったから。
撃たなかった。

そう。それは、ただ、それだけのこと。



そういう感情を、ちゃんと私がもっていれば、信じていれば
堂本くん、違う未来が待っていたのかな?










せめて、今の子供たちには、次の子供たちには
違う未来が待っているといいな。




















今、私は銃を向けられていて。
避けることはできないし、避ける気もない。

怖くないよ。
やっと終わる。正直言うと、少し気が楽なくらい。

夫には申し訳ないし、娘のこの先は心配だけど。
あと、彼にも悪いことしたな。
私なんか殺させちゃって。
きっとさ、彼もこんなことしたくないはずなんだ。
違う未来が待っていたはずなんだ。
ごめんね。

彼と、目を合わせた。
彼がたじろぐのがわかった。
引き金に掛けられた指に力が入るのがわかった。



















引き金が、引かれるその瞬間

私はそっと、誰にとなく微笑んだ。










































これで、私のターンは全て終わった。
プログラム、終了。