7 愛してる けれども奇跡は 起きません






















 殺すつもりなんて、最初からなかった。





 ただ、殺しあいを、皆がしてきたことをしたかった。
 そうして、私が失ったものを取り戻せば、それでよかったんだ。




 そうして、私は負ければいい。殺しあいに負けて、皆と同じように。
 
殺されれば、それで。














 一歩、彼は足を踏み出した。
 引き金は引かない。けれど銃口も外さない。


 一歩、私は後退りをした。
 落ち着いてるように、冷静に振る舞っているけど、本当は心臓が痛いほど跳び跳ねている。









 一歩、二歩、三歩。

 私はもう後退り出来ないところまで来て、彼は少しずつ間合いをつめる。

 四歩、五歩、六歩。

 高さは二メートルもないけど、一応岩の崖とも言える。
 刑事に追い詰められる犯人みたいだと、場違いに思った。

 七歩、八歩、九歩、十歩。

 もう充分に撃てる間合いなのに、彼は足を止めない。
 それでも、撃たない。
 私も。彼も。











 そうして、お互いに伸ばした銃口が触れ合いそうな位置まで、彼は来てしまった。
 

彼は私の顔を見て、私は彼の顔を見た。

 









青い空に青い海。
 白い砂浜、灰色の岩。
 ずっと奥には深緑の森があって。

 綺麗な、初夏の景色の中に私たちはいる。



 だけど、黒い銃が手の中にあって。


 





 
 いまさら思った。
 プログラムなんて、なければよかったのに。















































「ばかだなぁ」










 先に銃口を降ろしたのは、彼の方だった。





「なんで撃たないんだよ」



 彼はそう言って、笑った。



「これ、ありがとな」



 彼は巻かれた包帯を指差して笑った。


 
「滝沢とは会うの初めてだな。災難だよな、委員長同士でこうなるなんて」











 彼は笑うけど、私は笑わない。
 彼は喋るけど、私は言葉が出ない。

 彼は引き金から指を離しているけど、私は銃口すら下げない。










 どうしよう。
 どうしよう。
 どうしよう。



 どうすればいいの。
 彼は普通に喋って笑って。

 銃なんてないかのように。

 

 だって、これじゃ終わらない。
 何も、これじゃ、いつも通りのままで。ここじゃなくてプログラムじゃなくて。
 
私はどうしよう。どう反応すればいい。









 全て、終わるけど。
 私が引き金を引けば、それだけで簡単に、全てが終わるけど。







 だけど、それは……

 どうして、そんなことしなきゃいけないの?
 どうして、彼を殺さなきゃいけないの?
 どうして、私が彼を……



「大丈夫だよ、泣くなって」






 彼が言った。優しく、私に微笑んで。
 
カシャンと音がする。彼が銃を落とした音だ。
 そして私の手を彼の手が包み込む。
 柔らかくて暖かくて、私はすんなりと銃口を下げた。






 彼は私に微笑んで。
 手を離して。
 
 すっと、足を踏み出す。
 私の右隣へと歩を進める。

 すれ違い瞬間に彼は私の頭をくしゃくしゃと撫でて。
 そのまま前へ進み。



 彼の前は、私の後ろ。
 私の背後に地はなく、ただ海だけが、

 ぽっかりと。






















「堂本くんっ!!」










 私が振り返ったときには、堂本くんは飛んでいた。
 わけがわからなくて私はとっさに手を伸ばしたけど堂本くんはその手を掴まなくて。




 どんな顔をしていたかわからない。
 堂本くんはそんな私を見て、微笑んで。









「    」








 なにか言った、気がした。
 それはほんの一瞬の出来事で、ただの気のせいかもしれないけど……私の願望かもしれないけど、
 
彼はそう言った。











 けれど私の耳に届くときには、盛大な水飛沫があがっていて。
 私の手に飛沫がついて、

 私はぺたんと膝をついて、下を海を覗いたときには小さな泡が浮かんでくるばかり。
 思ったよりも深くて、堂本くんはもう見えない。

 待っても、待っても、彼は来ない。


















 そんな、どうして、こんな。
 堂本君は、どうしてこんなことを。






「どうして、死ぬなんて」



 知らず知らずにこぼした言葉。
 その言葉に、体が震えた。




 どうして、気付かなかったんだろう。
 
 堂本君は、殺し合いなんてする気なかったんだ。
 そのために、私を助けるために。




 どうして、気付かなかったんだろう。

 こんなプログラムの中にいたら、誰だって気が狂う。
 だけど、そうじゃない人だっているんだ。


 私は、ここでの記憶をなくしたけど、
 本当にそれは殺し合いだけの記憶だった?
 
 友達も誰もがみんな、プログラムが始まった瞬間に狂ってしまったの?




 違うでしょ。私は知ってるでしょ。


 反町くんの、恋文。 








「う、わ……あぁ、」


 ぼとぼとと、涙がこぼれる。
 泣き叫びたくて堪らなくなった。







 みんな、この異常な世界の中でも、懸命に生きていたはずなのに。
 私は何をしてたんだ。

 堂本くん。堂本くん。
 どうして私は、彼を信用しなかった?
 彼と殺し合いなんて考えた。




 好きだったのに。

















「大好きだったんのに。堂本くんっ……!!」
















 せきが出た。涙でむせた。
 止まらない。哀しみが、後悔が、悔しさが。


 手で口を押さえて、目をギュッと瞑り、
 それでも、どうしても、涙は溢れて嗚咽がこぼれる。



 


 どうして、こんな終わり方になってしまったんだろう。

 ここで、一番くるってたのは私だった。

 なんでだれも信用しなかったの?
 とても、大好きだった人さえも。


 私がここですべきことは
 殺し合いをして失ったものを取り戻すとかそういうことじゃなくて、

 彼に伝えて、どんな結果になろうとも、ちゃんと、生きて。

 最後まで、ちゃんと「私」として生きて。








 それなのに。














 むせた、と思ったら嘔吐だった。
 手からぼとぼととこぼれ落ちる。
 涙とか鼻水とかが混ざり合って、制服を汚す。

 それでも私は動かなくて、
 動けなくて、

 もっと泣きたくて、叫ぶたくて、
 でも泣きたくなくて、叫びたくなくて、
 口に手をあてたまま、身動きせずに、ずっと体を震わせて
 やっぱり泣き続けて、



















 しばらくして、空に放送が流れても
 兵隊の格好をした人や、スーツ姿の男が来ても、

 私は動かなくて、




 彼らは私を見てため息をついて、




















 それからどうなったかはわからない。

 気付いたら私は、病室の中、布団にくるまれていて




 隣で母が、ぎこちない笑顔を浮かべていて、

 彼女は何か私に話しかけて、そのまま部屋を出て行った。

































 気付いたら、私は本当に一人になっていた。






















 
 【残り一人 プログラム終了】