6 なみなみと つがれたさかづき 手にとって
























目をあけると、うっすらと空が明るみ始めていた。



いつの間にか眠っていたのか。
固い岩盤の上にあおむけになっていたため、体中が痛い。











あくびをする。
目をこする。
潮風を浴びてべたついた髪を指で溶かす指で梳かす。






「生きてる、ね」




そう確認して、体を起こす。
伸びをする。
立ち上がって、目の前に広がる黒く青い海を見る。








もう一度伸びをして、振り返る。
奥には深緑の森。手前には白い砂浜。
白い砂が広がる中、ある一部だけが焦げ茶色に染まっている。

砂が焦げている。
その焦げた砂の中心に、何か焦げたもの。


たぶん、人。






もう誰かもわからない。
一人じゃなくて、数人分の、焦げた人。



焼死体、と言われるのだろう。数日後のローカルニュースで。
プログラムの結果発表の中で。




腕時計をみると、六時を十分ほどすぎていた。

「放送……聞き逃しちゃた」

うるさい放送が流れる中、誰かも若習い死体のそばで、岩の上で、寝る。
思わず笑った。
そんなに眠かったのか。






「私、やっぱりまだ生きてるんだなぁ……」

そしてみんな、死んでるんだ。



殺したか殺してないかとか、そんなんじゃなくて。
私、ひとり。生きてる。








さっきの放送、どうだったんだろう。
堂本くん、まだ、生きてるかな。


生きてたら、ここに来たらどうしよう。
殺し合い、しないと終わらないんだよね、結局。


結局、大人の思惑どおりに動かなきゃなんだよね。




拳銃を持ち上げて、両手で構えてみる。
海の向こうに向かって、引き金を引く。

思ったより軽快な音をたてて、弾はどこまでも飛んでゆく。
両手に撃った衝撃はあったけど、弾は速すぎて見えなかった。
あたる場所もないので弾はどこまでも飛んで行ったのか、見えず終いだ。
銃口から硝煙が上がっているから撃てたとは思うけど。



みんなはこれを、人に向けて撃ったらしい。
ひょっとしたら、私も。





どう考えたって、したくないことだ。
だって、その結果が、今でしょう?

人が一人ぽつんと残って、みんな死んで。








でもまだみんな死んでいないとき。
そのときは、こんな未来なんてみんな知らなくて、
生き残ってしまう怖さを知らなくて
ただ死ぬのが怖くて、
引き金を撃ったとしたら、




私もそうだとしたら、

「そんな記憶、思い出したくない」





だから、私は忘れたのだろうか。
ここでの記憶を。





でも、ひとり忘れて逃げているわけにはいかない。
だってみんな死んで、私は忘れて、
ずるい。

思い出すべきだ、と思う。
思い出さなければならない。



思い出すにはやはり、忘れた記憶と同じ状況にしないといけない。
つまり、殺し合いをしないと。

そうすれば、思い出すのだろうか。
わかるのだろうか。
私の記憶も。
私が失ったものも。

もし、それを取り戻したら、
私がこれからどうしたいのかも、わかるだろうか。












殺したいのか。


殺されたいのか。








殺し合いをはじめれば、わかるのだろうか。







「あぁ……やっぱり、私もうだめかも」


頭を押さえた。
変なことを考えている。

殺したいとか、殺されたいとか。



この空間は、異常だ。
ずっとここにいると、気が変になる。
この孤独が、死の空気が、私を狂わせる。




なぜみんなが殺し合いなんてしたのか、なんとなくわかってきた。

ここにいるから。プログラムの中にいるから。

こんなところにいたら、誰だって気が狂う。
気がくるって、凶器に手を伸ばせば、誰だってその人を止めようとする。
そしてそのために、凶器に手を伸ばす。

そうして伝染していくのだ、狂気ってやつは。

私たちを内側から徐々に壊して、殺して。
殺し合いが、行われる。






私はもう、狂い始めている。

自覚できる。だから怖い。



堂本くんは、どうなのだろう。

彼ももう、狂ってしまったのか。


もし私たちが出会ったら、殺し合いは、はじまるのか。








始まってほしくない。

そうは思うけど、無理だ。







涙がこぼれた。
怖くて怖くて、ぼろぼろと涙がこぼれおちる。

この空間はこわい。ここから出たい。
でもそのためには殺さなきゃならない。

したくない。でもここは嫌だ。




どうすればいい?

どうすればいい?





殺し合い、始めればわかるのか?

殺したいのか。
殺されたいのか。


私はどうしたいのか。
堂本くんはどうしたいのか。

私たちは、殺し合いをしたいのか。


ほかに道はあるのか。
私たちに、殺し合うほかに道はあるのか。


どうしたいいのか、殺し合いをすればわかるのだろうか。










































































 銃声が、響いた。



























私は涙をぬぐう。
 その音の方へ、振り返る。




 そこに、彼がいた。




 













堂本くん。


























彼は拳銃を空高く上へと向けていた。
日が昇り、青く晴れ渡った空へ一発撃ったのだ。

さっきの銃声は、私を殺すためじゃなくて、私に気付かせるために放ったもの。



殺せばよかったのに。
さっきの一発で、私を。
殺しちゃえばよかったのに。



やっぱり、殺すじゃ駄目なのかな。
殺し合いを、しなきゃいけないって、
堂本くんも、思ってるのかな。













 彼は私に、銃口を向ける。

 私は彼に、銃口を向ける。















彼はいま、何を考えているのだろう。

私はいま、何を考えているのだろう。











私は引き金に、指を伸ばす。




堂本くん、なんではやく撃ってくれないのかな。


私、こんなにも隙だらけなのに。














引き金に、指が触れた。



そのとき、私はふと思った。

あぁ私、堂本くんのこと好きだったんだ。








































『すき』
ただそれだけのことなのに。


私はいま、『すき』が何なのかもよくわからない。

『すき』なら何故、殺し合う。

やっぱりもう、私は狂っちゃってるのかな。













殺し合えば、わかるのかな。


堂本くん。

























私は引き金に、指をかけた。











【残り二人 残り時間6:36】