5 するすると 零れ落ちるは 過去の日々






















足が、とまった。



堂本くんたちがいた家。
「上原」の表札。
「たばこ」の看板。
赤いポストと郵便局。

道は、まっすぐに伸びて、
道のわきに、雑木林。





木々の向こう、
この中は、確か。


覚えていた。
確信があった。


この中には、きっと、









心臓の音が跳ねる。
怖がっているのが、わかった。

そこに行きたくない。
「彼女」に会いたくない。




足が、動いた。
体は、震えた。
木々の中へ、足を踏み入れた。

行かなければ。
「彼女」から、逃げるわけにはいかない。





暗い森は、何も見えない。

それでも、まっすぐ、迷わず。

知ってる道だった。



きっと、ここを通って逃げてきたんだ。
私と「彼女」は。





















足が、とまった。








木、木。風が吹いて、ざわざわ揺れる。
どこからか、鳥の鳴き声。夜に囁く、鳥の声。
闇夜の中で、周りは木しかない。木の向こうは、暗くて見えない。


でも、見えた。
逃げたくなる足を、とめて、
見た。


前を見る、木がある。

上を見る、木と、黒い空が見える。

足元を見る。光がない中では黒く、けれどきっと赤い……






























――ごめん、理恵。






































「ごめん。さよ」








座り込んで、彼女の長い髪を触れる。
彼女を抱きを超すと、異臭が鼻についいた。
構わず、抱きしめる。




「ごめんね……」



かすかな記憶が教えている。

私はきっと、小夜子とずっと一緒にいて。
ここで何かがあって、
私は気を失い、小夜子は死んで。





堂本くんもそうだったのかな。
彼もあそこで何かがあって、
彼は気を失い、みんなは死んで。




もし彼が目も覚ました時、彼は覚えているだろうか。
ここでのことを、友達のことを。







「ごめんなさい」









覚えていなくて、ごめん。
ここで目を覚ました時、貴方から逃げ出してごめん。
きっと、助けてくれたのに、
何も覚えていないなんて。






太ももに、固い感触。
拳銃が触れているのだ。

小夜子が、握り締めている拳銃。







拳銃。
小夜子の手から引き剥がして、手に取った。

少し迷って、スカートにさした。


拳銃を持っていた。
彼女も。

なら、引き金に指をかけたのだろうか。
撃ったのだろうか。


目を覚ました時、私は拳銃を持っていなかった。











「嫌な役、おしつけちゃってたんだね」









ありがとう。護ってくれて。

あとはもう、私がやるから。


もう、ゆっくり、休んで。








静かに、小夜子を地面に寝かせる。
こびりついた血は拭えず、
固まった指先では手を組ませられない。


けれども、できるだけ、
土を取って、血を拭って。

安らかに、眠れるように。





立ち上がって、小夜子から離れる。

小野寺隼人。
長谷朱美。

横たわるのは、二人の死体。




ここで、私たちに何があったのか。

いやなことだ、というのはわかる。

結果的に私だけが生き残る。
結果的にみんな死ぬ。

それは、つまりここで、










「殺し合いなんて、なんでみんなしたんだろ」








わからない。
覚えていない。



けれども、あったのは事実で。
私も参加したのかもしれないのも事実で。


今、しなければならないのも事実で。















長谷朱美は折りたたみナイフを持っていた。

小野寺隼人は、大きな銃を持っていた。





二人の武器は、手に取るのをやめた。

二人も小夜子と同じように寝かせて、
私は立ち上がって泥を払って、







二丁の拳銃を身にまとって、
地図を見て、
方位磁石を確認して、







もういちど小夜子を見て、





足を、一歩、踏み出した。




















少し歩いて、振り返った。

夜の森の中では、彼女たちは、もう見えない。


夜の森を、しばらく見つめて、

そして再び歩き出す。





再び足を出したその瞬間、
















私はやっと、涙を流した。





【残り二人 残り時間10:07】