4 ふわふわと 夢を掴んだ ゆめのなか




























いつまで、そうしていたのか。
わからないけど、ずっと。




ずっと、涙が枯れても、ずっと。
体は動かず。震え続け。
気づけば辺りは、闇に包まれ。





「てめーら、なにやってんだぁぁぁぁ!!!!」





空に響く罵声。
かすかな電子音。

見上げると、たくさんの星。





「ほら、0時の放送やるぞーー……っておい! 死亡者いないのかよっ。堂本と滝沢、てめぇらちゃっちゃとしてくれよ……。見守る先生もきついぞ。もう暇で暇で」





月はどこだろう? 見えないな。
あった。細い細い三日月。
三日月ッて言うほどじゃないか。なんて言えばいいんだろう?





「まぁとにかく、禁止エリア言うぞ。一時にB=2、三時にD=1、五時にF=5だ。わかったかー?」






Bの2。Dの1。Fの5。
メモしなきゃ。
……なんかやだな。面倒。





「はぁーーあ……。お前らこのままじゃゲームオーバーだぞ。滝沢なんてやる気ねーだろ? お前さぁ、もうちょい頑張れよ。昨日の元気はどーしたよぉ」







「知らないよ」



相手に届きわけないのに、思わず声が出た。
知らないんだ。昨日の私がどう元気だったなんて。







「あっそう。よくわかんないけどお前すねてんだねー」





なぜか相手は返答してきた。

近くで私を見ているのだろうか。
見て、笑い転げているのかもしれない。








「しょうがないな。そんな滝沢に大サービス!! 今お前がいるのはG=2。そして堂本がいるのはG=3。実はすぐそばなんだよなー。堂本はG=3内の古ぼけた一軒家のなかにいる。G=3のちょうど中央あたりだな。すぐそばに郵便局がある。郵便局は地図に載ってるだろー? その側だよ。「上原」って表札が付いているから。今堂本は動けない。迎えにやってやれ、滝沢。じゃ、健闘を祈る!!」








立て続けにしゃべり続け、
そしてぷつんと放送は終わる。




















私はぽつんと取り残される。
ぽつんと。



「……そりゃないよ」



思わず笑った。


「ひどいよ」


枯れた涙を流して笑う。

「ずるいよ」


いやな役を私に押し付けて。

堂本くん、待ってるだけって。
男でしょ。女の子を迎えに来なよ。




立ち上がる。
鞄を背負う。
拳銃を拾う。


いやだな。行きたくないな。

行ってどうするの。





わからない。わからないけど。





「……会いたいな」




会って、話がしたい。
彼に触れたい。

生きてる人に会いたい。
一人じゃないと知りたい。


それで殺されるにしても、


「一人は、もう嫌……」









足を、踏み出す。

右、左、右、左。

ゆっくり、ゆっくり、





拳銃を、握り締めた。















































きっと、距離からして十分程度の場所だった。
だけど、ゆっくり、ゆっくり歩を進めて。


小さな郵便局。
手前に赤いポスト。


そばに雑貨屋。
「たばこ」の看板。


古びた民家。
瓦屋根。
「上原」の表札。





引き戸には、血痕。
足元にも、血痕。


戸を引くまでもなく、すでに開いていて。
ぽっかりとした暗闇が、私を誘う。


中は、ほとんど黒でぬりつぶされていて。
でも、中に入るまでもなかった。
昔ながらの広い玄関。
ちょっとした部屋よりも広く、
隅には自転車が置かれて、
奥には人。

スカートが見えた。
女のひと。
彼女のそばに、男のひとも。



引き戸のすぐ右にも、人がいた。
男子。二人。



玄関に入って、しゃがむ。
倒れている二人の、顔をのぞく。
藤原俊介。三木久典。



奥へと進み、再びしゃがむ。
倒れている二人の、顔をのぞく。
亀田朋。堂本直樹。





「なんだ」



息してるけど、生きてないじゃん。
もうすぐ死んじゃうじゃん。堂本直樹。
ラッキーのラッキーのラッキーで、ギリギリセーフで死んでないだけじゃん。







「なんだよ」




もしここで一発撃っちゃえば、全部終わり。
彼は意識を失っている。本当に終わり。





「なんだ……」






じゃ、殺さなくていいじゃん。
私の優勝でいいじゃない。
私が殺人鬼ってことでいいでしょう?



彼は死んでしまう。
きっと、そのうち。
このままじゃ、死んでしまう。
それでいいじゃない。



彼は私に勝てない。私の優勝。ゲーム終了。
それでいいでしょう?




なんで、彼を殺さなきゃいけないの?






















 『理恵、絶対だよ? 約束だよ! みんなで恋愛成就するんだからね。理恵も愛なんかに負けるなよー?』

バスの中。由美が言ってた。
バス。そう、修学旅行で、京都に。



















ああ、嫌な時にいやなこと思い出しちゃったな。
普通に思い出したなら、恥ずかしいか、笑い話なのに。











『確かに堂本くんと愛は幼馴染だし―、仲もいいけど……』

私は焦って、由美の口をふさぐ。

『ちょっと、由美。声大きいって』
『あー、ごめん。でも理恵、あんたら二人最近いい感じなんだからー。自信もって!!』
『……いやでも、わたしは』
『理恵、今は修学旅行だよ。チャンスなんだよ。ね? さよー』

由美が通路へ顔を出し、前の席に座る小夜子に言った。
小夜子は身を乗り出して私たちを見る。
たぶん、小夜子は何の話をしているか聞こえていなかったはずだ。
それでもだいたい察しはついたのだろう。ニヤリと笑うので、私は苦笑いを浮かべた。

『うん。さぁ理恵、この三日で告りなさい!!』
『もう、さよまで……』















拳銃を、床に置く。
堂本直樹の体を、そっと、仰向けにさせる。
かすかな息は、確かに聞こえた。





「堂本くん……」


彼の頬に、そっと、手をあてた。
初めて、彼の体に触れた。




「私はあなたを、どうしたいんだろうね?」


頬から手を離し、乱れた髪をなぜた。
彼の髪は、血で固まっていた。


「好きって、なんなんだろうね……」







私はどうして、彼を好きになったんだっけ。
同じ委員長になったから? 
それとも好きだから委員長になったの?




「わからない。……でも」


たぶん、好きだと思う。
少なくとも、好きだったし、そう意識していた。



でも、それで?
好きで、私はあなたをどうしたいの。
告白? 殺害? 心中?


彼の髪から、手を離す。
抱きしめたいと思ったけど、彼には触れず、私は立ち上がる。

玄関から、廊下へ。
廊下から、居間へ。
歩きまわって、歩きまわって、見つけたもの。
救急箱。


玄関に戻る。
こんなものじゃ応急処置もできないかもしれないし、そもそも私に扱える傷ではない。
それでも、
消毒とか、ばんそうこうとか、湿布薬とか、包帯とか。
あるもので時間をかけて慎重に手当てをして、

それからもう一度居間に行き、メモとペンを見つけて。
鞄から地図を取り出す。
Bの2。Dの1。Fの5。
地図に書き込んで、まだ禁止エリアでない個所を探す。



「……海に行こうか」




南西に広がる海は、まだあまり禁止エリアにかかっていない。

メモに「海岸にいます。滝沢理恵」と書き込んだ。
少し考え、今はもう私たちしか生きていないことと、禁止エリアの情報も書いた。

堂本直樹の元に戻り、彼のそばにメモを置いた。

改めて見回せば、武器は大量にあった。
刃物もあれば、拳銃も二丁ある。大きな銃もある。
それには手をつけず、玄関から家を出た。






























彼は眼を覚ますだろうか。
それとも死んでしまうだろうか。

もし目を覚ましたら、彼はどうするのだろうか。
海へ行き、私に会い、そして殺すのだろうか。

私は、もし再び彼に会ったらどうするのだろうか。
彼に銃を向け、引き金を引くのだろうか。




なにも、まだわからない。


なぜ私があのようなことをしたのかさえ、わからない。
彼を殺さず、手当てし、凶器まで残して。
どうしてそんなことをしたのだろうか。









好きだから、ではないと思う。





彼を殺さないことで、私が正気で人間であると、私に言い聞かせたかったのかもしれない。








【残り二人 残り時間11:12】