いつまで、そうしていたのか。
わからないけど、ずっと。
「てめーら、なにやってんだぁぁぁぁ!!!!」
空に響く罵声。
かすかな電子音。
見上げると、たくさんの星。
「ほら、0時の放送やるぞーー……っておい! 死亡者いないのかよっ。堂本と滝沢、てめぇらちゃっちゃとしてくれよ……。見守る先生もきついぞ。もう暇で暇で」
月はどこだろう? 見えないな。
あった。細い細い三日月。
三日月ッて言うほどじゃないか。なんて言えばいいんだろう?
「まぁとにかく、禁止エリア言うぞ。一時にB=2、三時にD=1、五時にF=5だ。わかったかー?」
「はぁーーあ……。お前らこのままじゃゲームオーバーだぞ。滝沢なんてやる気ねーだろ? お前さぁ、もうちょい頑張れよ。昨日の元気はどーしたよぉ」
「あっそう。よくわかんないけどお前すねてんだねー」
なぜか相手は返答してきた。
近くで私を見ているのだろうか。
見て、笑い転げているのかもしれない。
「しょうがないな。そんな滝沢に大サービス!! 今お前がいるのはG=2。そして堂本がいるのはG=3。実はすぐそばなんだよなー。堂本はG=3内の古ぼけた一軒家のなかにいる。G=3のちょうど中央あたりだな。すぐそばに郵便局がある。郵便局は地図に載ってるだろー? その側だよ。「上原」って表札が付いているから。今堂本は動けない。迎えにやってやれ、滝沢。じゃ、健闘を祈る!!」
「……そりゃないよ」
思わず笑った。
「ひどいよ」
枯れた涙を流して笑う。
立ち上がる。
鞄を背負う。
拳銃を拾う。
「……会いたいな」
会って、話がしたい。
彼に触れたい。
生きてる人に会いたい。
一人じゃないと知りたい。
それで殺されるにしても、
「一人は、もう嫌……」
きっと、距離からして十分程度の場所だった。
だけど、ゆっくり、ゆっくり歩を進めて。
引き戸には、血痕。
足元にも、血痕。
戸を引くまでもなく、すでに開いていて。
ぽっかりとした暗闇が、私を誘う。
玄関に入って、しゃがむ。
倒れている二人の、顔をのぞく。
藤原俊介。三木久典。
奥へと進み、再びしゃがむ。
倒れている二人の、顔をのぞく。
亀田朋。堂本直樹。
「なんだ」
「なんだよ」
もしここで一発撃っちゃえば、全部終わり。
彼は意識を失っている。本当に終わり。
「なんだ……」
彼は私に勝てない。私の優勝。ゲーム終了。
それでいいでしょう?
なんで、彼を殺さなきゃいけないの?
『理恵、絶対だよ? 約束だよ! みんなで恋愛成就するんだからね。理恵も愛なんかに負けるなよー?』
バスの中。由美が言ってた。
バス。そう、修学旅行で、京都に。
『確かに堂本くんと愛は幼馴染だし―、仲もいいけど……』
私は焦って、由美の口をふさぐ。
『ちょっと、由美。声大きいって』
『あー、ごめん。でも理恵、あんたら二人最近いい感じなんだからー。自信もって!!』
『……いやでも、わたしは』
『理恵、今は修学旅行だよ。チャンスなんだよ。ね? さよー』
由美が通路へ顔を出し、前の席に座る小夜子に言った。
小夜子は身を乗り出して私たちを見る。
たぶん、小夜子は何の話をしているか聞こえていなかったはずだ。
それでもだいたい察しはついたのだろう。ニヤリと笑うので、私は苦笑いを浮かべた。
『うん。さぁ理恵、この三日で告りなさい!!』
『もう、さよまで……』
「堂本くん……」
彼の頬に、そっと、手をあてた。
初めて、彼の体に触れた。
「私はあなたを、どうしたいんだろうね?」
頬から手を離し、乱れた髪をなぜた。
彼の髪は、血で固まっていた。
「好きって、なんなんだろうね……」
でも、それで?
好きで、私はあなたをどうしたいの。
告白? 殺害? 心中?
玄関から、廊下へ。
廊下から、居間へ。
歩きまわって、歩きまわって、見つけたもの。
救急箱。
それからもう一度居間に行き、メモとペンを見つけて。
鞄から地図を取り出す。
Bの2。Dの1。Fの5。
地図に書き込んで、まだ禁止エリアでない個所を探す。
「……海に行こうか」
南西に広がる海は、まだあまり禁止エリアにかかっていない。
メモに「海岸にいます。滝沢理恵」と書き込んだ。
少し考え、今はもう私たちしか生きていないことと、禁止エリアの情報も書いた。
なにも、まだわからない。
なぜ私があのようなことをしたのかさえ、わからない。
彼を殺さず、手当てし、凶器まで残して。
どうしてそんなことをしたのだろうか。
好きだから、ではないと思う。
彼を殺さないことで、私が正気で人間であると、私に言い聞かせたかったのかもしれない。