3 はらはらと こぼれる涙は 誰のもの








黒い黒い拳銃。
ずっとずっとそうだったように、手になじんで。














どこまで、どれくらい。
疲れたすらわからない体を動かして、
土の感触もわからない足を引きずって、

歩いていた、と思っていた。






「たちばな」


久しぶりに聞いたまともな単語。
誰の声かと思ったら自分のものだった。










手が、太い幹に触れている。

いつの間にか、立ち止まって、
荒い息をついて、
見上げて、木を見いてた。


小さな花。








知ってる。
この橘の木。

確か、私――私たちは、ここに














































「大丈夫?」


荒い息を吐きながら  は私に聞いた。
ちっとも大丈夫じゃなかったけど、それは  も同じだから、私は小さく頷く。

それからしばらく言葉を交わさず、ただ呼吸を整えるのに専念した。

突然、はっとしたように  が上を見上げる。


「これ、橘だ」



私もゆっくり上を見上げると、小さな花が、いくつかついていた。

そっと呟くように、  が言った。





「                                   」





































ふわふわと夢のような記憶の破片。

思い出せないことに慣れてしまった。


知らない記憶。

知ってるのにわからない友達。




彼女が耳元で囁く。
どうして、どうして、どうして。
ねぇ、どうして。



拳銃が、指に食い込む。





「ごめんなさい」








彼女が耳元で囁く。
どうして、どうして、どうして、どうして……。
ねぇ、ねぇ。

















ねぇ、こっち。こっちを向いて。















振り返る。
目に飛び込んだのは横に並ぶ何軒かの家。
どれも同じような形。
気付かなかった。
ここは住宅街のすぐ外れで。


その一軒。
扉が、開いている。


「………………」





吸い込まれるように、そろそろと。
ゆっくり、ゆっくり、扉に近づく。






中には、誰が。
ひょっとして、もしかして












「堂本くん……?」






















ゆっくり、ゆっくり、足を進める。
迷わず、まっすぐ。

そして、



「あ」







ゆっくり、ゆっくり、足を進める。
そして、跪く。
彼に触れる。








「反町くん」












こんなとこにいたんだ。
まったく、世話が焼けるなぁ。







声は、俊子ちゃんのもの。
聞こえる。
見える。



ここ、そこ。
いる。







彼女が指をさす。
指の先、反町くんの血にまみれた手の中。
そこには一枚の紙。



ゆっくり、ゆっくり、手を伸ばす。
反町くんは、銃も何も持っていない。
でも、腹部と胸部はまっかで、シャツが真っ赤で。
撃たれたんだ。殺されたんだ。




ふるえながら、手をのばして、
血で固まった紙を崩れないように、そっと、抜きとる。




四つに折りたたまれた紙を、そっと、広げる。
白い紙も、血にまみれて。

文字があった。だけどそれも血にまみれて。
でも、文字があった。
文章があった。
想いがあった。
命があった。







これは紙じゃなくて、これは、














私は立ち上がる。
扉にもどって家を出て。
走って、走って、走って、













走ってるのがわかった。
息が切れるのがわかった。

体が熱いのがわかった。
体が苦しいのがわかった。
胸が苦しいのがわかった。
心が苦しいのがわかった。

それでも、走って、走って、走って















そして、ようやく立ち止まる。

大丈夫、と誰かが聞いた。


「大丈夫」



荒い息をつきながら、私は答える。

本当は大丈夫なんかじゃなかったけど、それはみんな同じだから。








彼女のもとに、歩み寄る。
俊子ちゃん。

よかった、ちゃんと彼女の元に戻れて。

膝をついて、彼女の手を取る。
ゆっくり指を拡げて反町くんがもっていた紙を渡す。
きっと、これは俊子ちゃんへの手紙で、恋文で、
二人が生きていた証で。



「よかった」








ほっとして、呟く。
よかった、渡せて。
二人の気持ちを、想いを、命を。










ほっとして、息をつく。
そのとき、気づいた。
何がどうしたって、届くはずがない。







なぜって、二人は死んでいるから。
二人に命はないから。





俊子ちゃんをみる。
もちろん、死んでいる。




「なんで死んじゃったの」


呟いて、無性に悲しくなる。
苦しくなる。
本当に、私が殺したんだろうか。





今生きてる。
だからといって、私が全員殺したわけじゃないってのは、ちゃんと考えられる。
でもそんな証拠どこにもなくて、
事実何も覚えていなくて。




今生きてる。
だから、直接彼女たちを殺していなくても、
私の行動が、私が今生きてるためにした行動が、
まわりまわって二人を離れ離れにして、死なせて。




奪ったのはわたし。
どれはどうしようもない真実。








ちゃんと考えられる。
だから余計に、怖くなった。


手に、固い感触。
私は、拳銃を握っていた。


「え、あ、うわっ」


思わず拳銃を落とす。
地面に落ちた黒いそれを、じっと見つめて、






拾い上げた。






息を吸って、吐く。
姿勢を正して、拳銃に指をかけて、
耳の隣へ、持って行って、
トン、と頭に突きつけて。





息が震える。
手が震える。
体が震える。



でも、だけど、でも、だから

だから、私は――













引き金を引くその直前。
目に入ったのは、俊子ちゃんの遺体。

































「あ、ぁ……」


ゆるゆると、拳銃を握った手が下がる。
体中の気が抜けて、私は項垂れた。





はは、と笑みがこぼれた。
何かがぷつんと切れた。
はは、ははははは。笑う。笑った。






笑いながら、泣いた。

















どうして、どうして、どうして。
ねぇ、どうして。
どうして私を殺せない。


どうしてこんなにも怖いんだ。
みんな死んでいるのに。
生きているのは私だけなのに。


なのにどうして、こんなにも、怖い。
























































ねぇ、堂本くん。どこにいるの?

私はここにいるよ。

ここで笑って、泣いてるよ。


お願い、早く見つけて。

早く、私を見つけて。


見つけて、そして
























「私を、殺して」

















【残り二人 残り時間16:10】