男子十番、堂本直樹。
彼が、生きている。
彼は、生きている。
「まず一時間後。七時だな。H=3!! で九時にA=5だぞー!! 最後にーー……」
顔をあげる。
慌てて鞄から地図と鉛筆を取り出し、放送された情報を書き込む。
私、何してんだろ。
「十一時からC=1!! よしお前ら、この放送を最後にしろよー。散っていった友の分まで頑張れよっ! 健闘を祈る!!」
C=1の区域をチェックして、左下に「11時」と書き込む。
手が震えた。
鉛筆が手からこぼれ、地図の上を転がる。
地図には同じようなチェックがたくさん書きこまれていた。
泥で汚れ、血痕もみられた。
私、何してんだろ。
何でこんなことしてんだろ。
そうだよ、私は知ってるでしょ?
定期的に放送があるの。そこで死亡生徒と禁止エリアの発表があるの。
ちゃんと書きこまないとだめでしょ?
手を震わせたまま、鞄から名簿を取り出す。
名簿も皺まみれ。泥と血もある。
名簿を広げる。
「……あ、」
ほとんどの生徒の名前の左。チェックがうたれていた。
鉛筆を拾う。握る。名簿の上に持っていく。
『富竹由美』の左隣に鉛筆を置き、
鉛筆を落とした。
何をした? 何をした? 何をしたの?
私は何をしようとしている?
「そうだ、最後に特別大サービス!! 滝沢理恵、聞こえるかー!?」
びくっと肩が震えた。
思わずあたりを見回して、みんなの死体を見て、体が硬直する。
「今お前がいる場所はH=3のど真ん中だ!! さすがにラストの生徒がぼーっとしたままドカーンじゃ先生悲しいぞー? 言っただろ、この殺し合いを楽しもうって!!」
反射的に立ち上がった。
地図と名簿と鉛筆を乱暴に鞄に突っ込み、鞄を胸に抱いて一目散に走り出す。
どうして走ってるの?
まだ生きたいの?
ここまでみんなを殺しといて、まだ生きたいんだ?
「うるさいっ」
ああそっか、これから直樹くんも殺しに行くんだ?
そうすれば優勝だもんね。
お家に帰れるもんね。
よかったね。
そうすれば生きれるもんね。
みんなを殺して、生き残れるもんね。
「うるさいうるさいうるさいっ!!」
泣く。涙が出る。
泣きながら両手で耳をふさぐ。
そのせいで鞄が落ち、それに躓いて盛大に転んだ。
顔をくしゃくしゃにさせて、立ち上がる。
泥を払って、鞄を背負う。
そして、前を見る。
そっちに行くとH=2ですよ。
昨日のうちに禁止エリアになってますよ。
「……っ」
右に方向転換して、再び走り出す。
なんでそんなこと知ってるの? そう問いかける私がいる。
そんなに生きたいんだ? そう嘲笑う私がいる?
私は一体何をしたいんだろう。
私は一体何をしたんだろう。
私は一体何をしているんだろう。
私は、ただ かっただけなのに。
気づけば、足を止めていた。
そろばで、へなへなと座り込んだ。
息は荒くて、
体中は熱くて、痛い。
あぁ、この子は反町くんの彼女だっけ。
鞄を見た。
落ちているというより、置かれていた。
隣に鉈が置いてあった。
当たり前のように、紅い。
彼女を見た。
当たり前のように、腹部に黒がこびりついていた。
その黒に手を伸ばす。
ざらり、と粗い感触を確かめる。
手についた赤い粉を確かめる。
手を頬へのばす。もちろん、冷たい。
手を胸へのばす。もちろん、動いていない。
手を、彼女の手へ。
彼女が大事そうに抱える、漆黒の拳銃へ。
固まった手。拳銃はするりと抜けた。
拳銃を持った。持ち上げて、見た。
銃口を、空へ向けた。
銃口を、自分へ向けた。
銃口を、彼女へ向けた。
「俊子ちゃん」
呼びかけても、彼女は何の反応も示さなかった。
銃口を下げる。
拳銃を両手で抱える。
これで誰が、何を。
これさえなければ。
もしもこれがなかったら。
そうすれば、
立ち上がると、目眩がした。
ふらつきながら、再び歩き出す。
どこへかはわからない。
ただ、歩く。ただ、彷徨う。
拳銃を、握り締めて。
私はこれで何をしたいんだろう。
私はこれで何をしたんだろう。
声が聞こえた。
声は聞いた。
なぜ殺した。なぜ殺せた。なぜ生きてる。
声が、怖いと思った。
それは、なぜ。
【残り二人 残り時間18:12】